敷地について
マルタ共和国は地中海のほぼ中央に位置する島国である。首都ヴァレッタは3方向を海に囲まれた小さな半島にある1km四方に満たない城郭都市で、ライムストーンの建物が密集する中世の美しい街だ。
敷地となった建物は1640年代にマルタ騎士団によってつくられたという記録が残っている。18世紀半ばに上階が増築され、ベイカリー(屋上に4本の煙突が残存する)や商店、賃貸住宅など用途を変えながら近年まで使われてきたが、1980年代頃からは無人となり廃墟のような状態となっていた。建物の有効利用と文化芸術を支援するという側面から、マルタ政府がこの建物を若いアーティストやデザイナーのための工房「The Valletta Design Cluster」にリノベーションすることになり、その屋上庭園の設計を依頼された。
街の公園として
すでに飽和状態であるヴァレッタの中心に公園はなく、街全体が歴史地区であることから今後大規模な公園を作ることもおそらく難しい。この建物は周辺の建物に比べて低いため街に近く、屋上は低層建築に囲まれた広場のような開放感がある。そこで、建物の利用者だけでなく街の人が誰でも使うことのできる公園としての屋上庭園を提案した。
50~70cmほどの深さで土を入れて中高木も育つようにし、屋上全体に植栽する計画としている。マルタ大学で植物や造園を研究しているAntoine Gatt氏に植栽計画の協力を得て設計を行った。まず、マルタの気候と敷地の環境(暑い、日差しが強い、雨が少ない、風が強い、海が近い等)を考慮し、そのような過酷な条件でも育つ地元の植物もしくは地中海の似た気候で育つ植物を優先して選んだ。それから、屋上で独自の生態系ができればメンテナンスのしやすさに寄与できるというGatt氏の助言により、できるだけ多くの種類の植物を選び、池をつくって水生植物を植え、それらによって導かれる昆虫、水生生物、鳥などを含めた生物多様性に配慮した。そして訪れた人たちが季節の移り変わりを楽しめるよう、花が咲いたり実がなったりするものを注意深く選定し、都市の公園として多くの人に使ってもらうためにミーティングスペースや多目的広場など様々な場所をつくるように全体をプランニングした。
ヴァレッタでは、狭い路地が即興のバーになったりレストランになったりする光景をよく見かける。街のスケールも関係しているとは思うけれど、人々の関わり方と公共空間に対する信頼が特別な街だと感じさせられる。そのような環境で育った人たちがまた街の個性を強化し、よりユニークなものにしていく。そんな風に何百年もかけて今のヴァレッタとヴァレッタの人たちが形成されてきたのだろう。街も含めてまるで大きな家族のようだし、人も含めて大きな建築のようにも感じられる。その有機的で魅力的なサイクルにこの屋上庭園も加わってほしい。現地を訪れた時にはすでにトンボ、蝶、蜂、コオロギ、数種の野鳥といった様々な生物たちがいきづいていた。人間とともに多種多様なものが複雑に絡み合い、互いに関係を持ち影響しあって歴史を繋いでいく状態は、都市のあるべき姿ではないかと改めて感じている。
所在地 | : | 25 Bull Street Valletta VLT 1570 Malta |
期間 | : | 2016-2021 |
主要用途 | : | 屋上庭園 |
敷地面積 | : | 530sqm |
Valletta 2018 - European Capital of Culture